こぼれネタ日記

« 梨は18年? | トップページ | 路上禁煙 »

秋田の米

080820btn郷里に行って来たからと、秋田の米を送ってくださった方がいます。ありがたく頂戴しました。炊いて食べてみると甘みがあっておいしい! さすが米どころです。
秋田というと、何故か木村伊兵衛が撮った秋田の写真シリーズが思い出されるのです。田植え姿の秋田美人、絣の着物で腕組みをする若者たち・・・昭和も戦後に撮った写真ですが、若者たちの頭にちょんまげを載せたら幕末と言っても通用するような。日本の土俗的なものが秋田に限らず(たぶん私の郷里の津軽あたりでも)戦後の昭和20年代までは色濃く残っていたのでしょう。
今ちょうど読んでいる山川菊栄の『わが住む村』。日中戦争から太平洋戦争に向かう頃、現在の藤沢市郊外の農村も、昭和20年代後半の秋田と似たような感じだったのがうかがえます。農家の人は最低限の数の着物を大切に着続けて、出かける時の着物はたったひとつを何十年も着る。自分の畑で綿を作り、家で糸を紡いで織って作った着物は実用本位に無地の藍染めで、絣の着物はお洒落で贅沢・・・。
そういう質素さは多摩地域を含め、ずっと日本に共通したものだったのに違いありません。そういえば、立川の生き字引のような方、三田鶴吉さんが、お母さんが作ってくれた絣の着物を今も大切にしているのを思い出したのです。貧しい暮らしの中で精一杯、息子にいいものを着させてあげようという愛情の品だからなのだと気がつきました。
さらに連想は、写真家の石元泰博さんから瀧口修造や「実験工房」の人たちの写真を見せていただいた時に。石元さんが「みんなものすごく貧乏だったのに、今よりずっとちゃんとした恰好をしていたんだね」と感心したようにおっしゃいました。「今は一張羅という言葉もなくなったね」。そうそう、洋服もちゃんとしたところに行く時にはこれという一着があって、そういう時はしゃんと背筋が伸びたものです。
そういうあれこれを連想させる秋田の米には、木村伊兵衛が撮ったような日本の美徳が遺伝子のように含まれているのかもしれません。正座して、背筋を伸ばしていただかねば・・・。


| | written by : トシャガ

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/507152/42222645

この記事へのトラックバック一覧です: 秋田の米:

コメント

コメントを書く